人形の町・岩槻の歴史|埼玉・岩槻の雛人形・五月人形なら【人形の東玉】


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岩槻の歴史

人形の生産高日本一、一度は訪ねてみたい城下町
人形と、歴史と、自然にふれる。一日のんびり、ご家族みなさんで遊びにきませんか。
ここは温もりのある、人形の故郷・岩槻。

岩槻の歴史 岩槻は、太田道灌公の岩槻城築城以来の城下町として、また江戸時代には日光御成街道の宿場町として、栄えてきた町です。また、ここは全国一の人形の生産地としても知られています。もともとこの付近は、上質の桐の生産地として有名。それに加えて、人形作りに不可欠な胡粉の溶解と発色に適した水も豊富であったことなどから江戸期以来、人形作りが盛んに行われてきました。現在、岩槻では東玉 を筆頭に300軒余りの人形工房と100店の卸小売店舗がひしめいており、名実ともに日本一の人形の町となっています。

岩槻の歴史太田道灌公が気付いた静かな城下町、岩槻。
 岩槻は、今から約500年前の室町時代中期(1457年)に太田道灌がこの地に岩槻城(白鶴城)を築いたのに始まり、以来、城下町として栄えました。現在、城址一帯は「城址公園」と呼ばれ、市民の憩いの場所として親しまれています。公園内にある人の形をした像は、男びなと女びなを寄りそわせたもので、岩槻のシンボルになっています。

岩槻に過ぎたるものが二つある「児玉南柯」と「時の鐘」
 こう俗謡にも唄われているのが、儒学者の児玉 南柯が創設した私塾「遷喬館」。そして、1671年に藩主、阿部正春が城下の人々に時を知らせるために作った「時の鐘」です。この二つは、岩槻城址などとあわせて、格好の歴史散歩コースとなっています。
岩槻の歴史
人形の町にふさわしい数々の催し。
 春に行われる「流しびな」、夏の「人形の町・岩槻まつり」、11月3日の「人形供養」。ほかにも、「まちかど雛めぐり」「桜 まつり」や470年も続く秋の「古式子供土俵入り」など、一年を通 して興味あふれる催し物が続きます

古い町並みとモダンなお店が調和する町。
 岩槻の町は、1月から2月のひな祭りのひな人形の売出し、3月から4月の五月人形の売出しなど、人形店を飾るたくさんの人形を求めて集まる、大勢の買物客のみなさんでにぎわいます。人形の町、岩槻がもっとも活気あふれるのがこの季節です。
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