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古代中国が由来の「端午の節句」の意味は現代日本ではどう変わった?

2020年4月1日

五月人形の知識

古代中国が由来の「端午の節句」の意味は現代日本ではどう変わった?

世間一般的に「こどもの日」と言うと、みんな5月5日だと知っていると思いますが、男の子のいない家庭で育った方にとって、「端午の節句」というのは耳慣れない言葉なのかもしれません。

「端午の節句」とは、昭和23年に「こどもの日」が制定されるずっと以前から、5月5日にお祝いする男の子のためのお節句です。

日本の伝統行事には中国の影響を受けているものが数多くありますが、実はこの「端午の節句」も古代中国に由来するものです。中国から伝来した「五節句(人日・上巳・端午・七夕・重陽)」の行事は、日本の風土や国民性に合わせて変化しながら現代まで受け継がれてきました。

今日の「端午の節句」にも続く、五月人形や鯉のぼりを飾ったり、柏餅やちまきを食べたり、「菖蒲湯(しょうぶゆ)」につかったりという風習にもすべて歴史のなかで生まれた意味があるのです。

ここで「端午の節句」の意味や由来を学び、今後はこれまで以上に意味深い行事として男の子のお祝いを楽しみましょう。

端午の節句は「縁起が悪い日」だからこその厄除けの意味からはじまります

よもぎ

もともとの「端午の節句」の意味

「端午の節句」は中国から日本に伝わった風習です。「端午の節句」の起源は古く、今から約2300年前の戦国時代の中国までさかのぼります。その時代の故事によると

楚(そ)の国に「屈原(くつげん)」という人がいました。
彼は国王の側近で、国を思う気持ちや正義感がとても強く、王や国民から大変信頼されていたそうです。
しかし、そんな彼を妬む者の陰謀によって失脚してしまい、国から追われてしまいます。
屈原は失望して、川に身を投げて死んでしまいました。その日が5月5日だったのです。
そのことを知った国民は、屈原の体が魚に食べられないようにと船で川に乗り出し粽(ちまき)を投げ込み、太鼓で大きな音を出して屈原の体を守ろうとしたそうです。
屈原が身を投げた日が5月5日だったことから、毎年この日には彼の供養としての行事が行われるようになりました。
ここから粽を川に投げ入れ国の安泰を願う習慣が生まれ、中国全体に広がっていきました。

古代中国で「端午の節句」が広まった意味

屈原の故事にはじまった「端午の節句」が中国全体に広まっていった理由は、5月が季節の変わり目で体調を崩す人や亡くなる人が多く、厄除けのための行事が行われていたからです。

古代の中国では「端午の節句」の時期に、厄除けや健康増進のために薬草である「菖蒲(しょうぶ)」や「よもぎ」を飾ったり、菖蒲酒を作って飲んだりしていたそうです。
「端午の節句」に、強い香りがある菖蒲を使うのには、魔除けの意味もありました。
また、よもぎは「おいでおいで」をする手の形に見えることから、福を招くと考えられていたとも言います。

日本で自然に「端午の節句」が定着した意味

一方「端午の節句は」どのように日本に定着したのでしょう。奈良時代の日本では、5月の田植えの前に五穀豊穣を願って田んぼの汚れを祓う「五月忌み(ごがついみ)」という風習がありました。
この五月忌みでは、田植えをする「早乙女(さおとめ)」と呼ばれた年若い女の子たちが、菖蒲を使って身体を清めていたのです。

こうした習わしが中国から伝来した「端午の節句」の風習と合わさり、この時期に菖蒲を飾って厄を祓う行事、後にはお祝いの行事として発展していったと考えられています。

関連記事:「子ども達に「こどもの日」に伝えたい、5月5日「端午の節句」の意味と由来を解説」

端午の節句に五月人形を飾る意味は、子どもの無病息災の祈願

子どもの日

「端午の節句」に鎧兜飾りや鯉のぼりなどの五月人形を飾る意味ですが、歴史的にはいくつかの由来が考えられているようです。

神社への甲冑の奉納

平安時代から南北朝時代の上級武士は、戦に出る前に神社を訪れて神に戦からの無事な帰還を願いました。
そして戦から無事に戻った後には、感謝の意味で神社に自分の甲冑を奉納したそうです。
そういった甲冑は、今も日本全国の神社などに残っており、現在の五月人形の「奉納鎧飾り」のもとになっています。

武家屋敷での鎧兜の虫干し

戦国時代の武士にとって、戦で命を守ってくれる鎧兜(防具)は非常に大切なものででした。
ですから、毎年梅雨入りする前に鎧や兜を家の中に飾り、虫干しをして手入れをする習慣がありました。
ちょうど「端午の節句」の時期であったため、厄除けのための薬草「菖蒲」と同じ意味で、身を守る鎧兜を武士の「お守り」のように飾る風習が生まれたと考えられます。

武家社会で男の子の出生を知らせる

江戸時代の将軍家に跡取りが生まれた時には、「幟旗(のぼりばた)」を揚げて皆に知らせ、盛大にお祝いしたそうです。
そこから武家屋敷でも、男の子が生まれた時に屋外に「幟」を立てて知らせるようになり、後には「端午の節句」に家紋の入った「幟」や「吹流し」を飾って、わが子の立身出世を願う習慣となりました。

武士の幟に対して、江戸の町人たちは「鯉のぼり」を作って「端午の節句」のお祝いをするようになりました。
中国の伝説では「鯉が黄河上流の竜門の滝を登りきると竜になり昇天する」と言われていたため、出世成長の証として「鯉のぼり」を揚げるようになり、その風習は全国に広がりました。
鯉は生命力も強い魚だと言うことから、「子供が健康に育つように」との意味も込められています。

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武家で誕生した男児への贈りもの

戦国時代の武士の間では、男児が生まれた際に鎧兜を贈る風習もあったと言います。
特に頭を守る兜はもっとも重要な武具とされたので、生まれた男の子の立派な成長や戦での活躍、そして無事な帰還を願って贈られたようです。

現存する昔の甲冑には様々な意匠が凝らされたものが多くあります。
そういった鎧兜はある程度地位のある武将しか身に着けられなかったものなので、「端午の節句」に鎧・兜を飾ることは「立身出世への願い」も込められております。

このように「端午の節句」に飾る五月人形は、もともと武家社会においての男の子の無事な成長や立身出世の意味が込められたものでしたが、江戸時代の中期以降にもなるとその風習が庶民の間にも広がり、より賑やかな行事に発展していったのです。

東玉では、武家社会の風習にはじまり現代も受け継がれる五月人形を豊富に取り揃えておりますので、ぜひこちらからご覧ください。

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端午の節句のお祝いの風習に込められた意味

端午の節句

実は五月人形を飾る他にも、昔から続く「端午の節句」のお祝いの風習がいくつも残っています。

菖蒲(しょうぶ)

「端午の節句」と「菖蒲」は、歴史のなかで切っても切れない関係にあります。
ちょうど5月5日頃は、菖蒲の葉が生育し花が咲きはじめる季節です。
ですから古代中国でも、奈良・平安時代の日本の宮中でも、「端午の節句」の時期には「厄除け」のために菖蒲を軒先などに飾っていました。

その後、鎌倉・室町時代に武士が政治の中心になり、菖蒲の音が武道・武勇を重んじる「尚武(しょうぶ)」と同じことから、武士の間で「端午の節句」を「菖蒲(尚武)の節句」と呼んで盛んにお祝いするようになったということです。

江戸時代には、武家や庶民の子供たちの間では「菖蒲打ち」と呼ばれる遊びが流行ったそうです。
これは、束ねた菖蒲の葉を地面に打ちつけて、大きい音を出した方が勝ち、先に葉が切れてしまった方が負け、というルールのゲームだったようです。
この子供たちの遊びには、楽しみながら菖蒲を打ち邪気を祓う意味がありました。

昔から「邪気を祓う力」があると考えられていた菖蒲は、飾るだけでなく「菖蒲酒」にして飲んだり、お風呂に入れて「菖蒲湯」につかったり、「菖蒲枕」で寝たり、と幅広く使われてきました。

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薬玉

菖蒲ほど一般的ではありませんが、「薬玉」を作って飾るという風習も残っています。
薬玉とは、長寿と無病息災を願って「端午の節句」にお飾りするもので、袋に入れた薬草などを菖蒲の葉やよもぎ、造花などで飾り、五色の糸をたらしたものが一般的です。

もともとは中国での風習で、日本では奈良時代の宮中で行っていましたが、その後一旦は廃れていきました。
しかし最近のハーブブームやワークショップ等の影響で再び注目を集めているようです。

「柏餅」や「ちまき」

「端午の節句」の代表的な食べものは、「柏餅」と「ちまき」です。

柏の葉は「新芽が出てきてから古い葉が落ちる」ため、その葉を使った柏餅には「家系が途切れず子孫が繁栄するように」との意味が込められております。
主に関東で「柏餅」が食べられる理由は、柏餅が生まれた江戸の武家で特に跡取りを重要視したことと、関西には柏の木があまり育たなかったことによるようです。

一方の「ちまき」は、餅またはもち米を笹やアシの葉で三角形に包み蒸し揚げたものです。
「ちまき」は中国の「屈原(くつげん)」の故事がもとになって「端午の節句」に食べるようになり、後に日本でも食べられるようになりました。
ちまきを食べる風習が関西方面に多い理由は、端午の節句が中国から伝わった奈良時代の都がその地域だったからです。

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ごちそうを作って皆でお祝いする

「端午の節句」は男の子の大切なお節句ですから、美味しいごちそうを作って家族みんなでお祝いをします。
特に初節句には「節句膳」など特別な料理を用意して、親戚や親しい方達をお招きして、盛大にお祝いをするといいでしょう。
なお、「端午の節句」のお料理に使われる食材には、旬のものや縁起ものが使われています。

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戦後の昭和23年に「こどもの日」が端午の節句と同日に制定された意味

こどもの日

「端午の節句」である5月5日は、「こどもの日」として知られています。
この「こどもの日」の歴史はそれほど古くなく、昭和23年に「国民の祝日に関する法律」によって制定されたものです。

この法律の第一条によると『国民の祝日』とは、「自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築き上げるために祝い、感謝する日」と定められております。

そして第二条には、『こどもの日』は「子供の人格を重んじ、子供の幸福をはかるとともに、母に感謝する日である」と明記されております。
つまり「こどもの日」には本来、男女の区別がないので、男の子の行事である「端午の節句」とは別の行事であることが分かります。

ただ、「こどもの日を5月5日にして欲しい」というのは制定時の専門調査委員の請願でしたが、その当時が戦後まもなく、まだ「男の子が家を継ぐもの」という考えが主流だった時代でしたから、子供といえば男子に重きを置く風潮が影響したかも知れません。
どちらにしても戦後の復興にむけて、未来の担い手である「こども」を大切にしたいという思いは、現代の親御さんも同じですね。

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現在の「端午の節句」は「男の子の立身出世を願う」というよりも、おそらく「健康に成長して欲しい」との願いの方が強いことでしょう。

何事にも合理化や効率化が優先される今の日本ですが、毎年「端午の節句」には五月人形を飾ってお祝いをし、お子さまにこの節句行事に込められた意味を伝えてあげてください。
そうすることにより、お子さまが家族の愛情や先祖代々のありがたみを感じながら育つことは、ある意味合理的なことなのかもしれませんね。

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