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「次郎左衛門雛」とはどんな雛人形なのでしょうか?

2023年10月20日

雛飾り

「次郎左衛門雛」とはどんな雛人形なのでしょうか?

次郎佐衛門雛は、京都の人形師・雛屋次郎左衛門が創始した雛人形の総称で、他に類を見ない丸いお顔で目はつり上がり、鼻は鉤鼻でつくられています。1700年頃流行し、関東でもまねをして作られる様になるほど人気のお雛様でした。

当時はかわいらしいお顔で品があり、一部のお金持ちのみが購入していたようです。今でも各地に、公家・門跡尼寺(皇族・貴族の子女が入寺する寺院)・大名家に伝わったとされる作品として残っています。

一般庶民には高嶺の花で、手に入らなかったようです。このころには全国で雛市が生まれ、一般庶民は手頃なお人形を飾ってひな祭りをお祝いしていたようです。
この次郎左右衛門雛は、その独特なお顔の表情が愛おしいとされ、現在も人形師が作り続けています。昔ほど高級品でははくなり、お手頃の人形も数は少ないものの作られています。江戸時代の大ヒットしたお人形のお顔をじっくりみてみるのも、いいのではないでしょうか?東玉の雛人形を詳しく見る:雛人形TOPはこちら東玉の雛人形を詳しく見る:雛人形TOPはこちら
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次郎左衛門雛の特徴

1660年代に京都の人形師・雛屋次郎佐衛門が作り始めたもので、作者名がそのまま雛人形の名称となった、江戸時代を代表する雛人形です。宝暦年間から寛政年間の約30年の間、江戸でその人気を独占したとされ、特に公家や諸大名には雛人形の本来の姿として、末永く飾られました。

まるで絵巻物に出てくるような貴族の丸い顔に、小さな口と細い目元、そして小さな鼻(鉤鼻)が特徴で、その独特な表情は江戸時代中期頃に登場しました。現在の人形店では『次郎左衛門雛』を製造や販売しているところは少なく出会える機会はなかなかないでしょう。ただその独特の表情に魅了される方もいらっしゃるので、お探しの方はぜひ一度お近くの人形専門店へおたずねください。

まとめ

江戸中期に流行した次郎左衛門雛。お顔におおきな特徴があり、まるで源氏物語絵巻から出てきたような温かみのある真ん丸なお顔に、小さな口と細い目元、そして小さな鼻の引目鉤鼻がとても優雅な魅力があり、特に公家や諸大名には変わりゆく流行には流されず末永く雛の本流として飾られていました。最初は京都で作られました。後に関東でも作られ、その後登場する古今雛につながって行きます。古今雛は現代のお雛様の元となっていて、現在の雛人形の作り方によく似ています。

倹約が薦められると雛人形の作り方が質素になり、材料も安い物に変わります。また生活が豊かになると人形も豪華に大きく、作り方方が変わっていきます。
時代や形が変わっても、お子様の健やかな成長を祈る、雛人形を飾る風習は日本の美しい伝統行事として残りつづける事でしょう。

最後に東玉の人気木目込人形立雛「賢一」を一部ご紹介します。

  • 木目込人形 賢一 立雛飾り「寿々喜雛 祥 龍村裂」:龍村美術織物の中でも代表的なおしどり柄を使用した衣裳に、《研ぎ出し》の技法を施したパノラマケースでお飾りいたしました。

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  • 木目込人形 賢一 立雛飾り「寿々喜雛 祥 黄櫨染」:黄櫨染(こうろぜん)立雛。中点に輝く太陽を想わせる金色色(こんじきいろ)。天皇にだけ着用が許される衣裳です。地模様に「桐」・「竹」・「鳳凰」・「麒麟」が織り込まれた、ひな人形で最も格式を感じさせる衣裳です。

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