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雛人形の歴史と「這子(ほうこ )」

2020年12月30日

雛飾り

雛人形の歴史と「這子(ほうこ )」

かつては雛人形や五月人形とともに飾られていた這子(ほうこ)は現在あまり一般的ではなくなりましたが、その背景や意味合いを考えると、とても親しみが感じられ、かわいらしい這子人形を探してみたくなるのではないでしょうか。

「這子(ほうこ)」とは?

這子(ほうこ)は、はいはい人形・はいこ人形とも呼ばれ、平安時代には飾られており、乳幼児の病気などを身代わりに背負ってもらうため、枕元に置かれていました。
うつぶせにすると子供がはいはいするような形をしており、当時は布で作られており中に綿をつめて出来ている人形であったようです。手触りが柔らかいため、後には子供の玩具として、現代のぬいぐるみと同じように遊ばれていました。

「這子」と「天児(あまがつ)」との違い

天児(あまがつ)は這子(ほうこ)と同じようにつかわれていましたが、その形に大きな違いがあり、布でつくられた胴体を持つ這子(ほうこ)に対して、天児(あまがつ)は十文字形に作った木の棒の上部に、布で丸く仕立てた顔を取り付けたものです。十文字の胴部分に着物を着せた天児もありました。源氏物語にも、紫の上が自ら作ったと記されております。

天児

現在に受け継がれる「這子人形」

雛人形は平安時代の「ひいな遊び」と呼ばれた貴族の遊びと「這子」のように、けがれや災いを人形に身代わりになってもらう文化が合わさって生まれたものといわれています。
最近人気の吊るし雛にも、チリメンで作られた這子が吊り下げられることも多く、飛騨高山地域では、赤い布が特徴の「さるぼぼ」とよばれる人形が親しまれております。少ないながら石膏や桐塑、紙塑等が素材の這子人形も貴重な職人によって製造され、販売されています。

這子の吊るし雛

まとめ

子供が健康に育ち幸せになってほしいという親の願いは、いつの時代も変りません。そのやさしさを次の世代に伝えるために、這子(ほうこ)やそれにつながる人形を身近に飾ってみてはいかがでしょうか?

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〈最終更新日〉2020年12月30日

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